「カジノ×五輪」は(未だ)最強の観光客誘致策

シンガポール都心部の湾岸エリア。そのランドマークとなっているのが「マリーナ・ベイ・サンズ」である。大手通信会社のテレビCMのロケ地(撮影場所)にも使われたことから、ご存じの方も多いだろう。3つの高層ビルの上に巨大な船が乗っているようなユニークな建物となっており、屋上には「天空のプール」が広がっている。

マリーナ・ベイ・サンズの中には、2500以上の客室数を有するホテル、ブランドショップやレストランが並ぶショッピングモール、世界的有名ミュージカルを観劇できる劇場、最大4万5000人を収容できる会議場、そしてカジノまでもが入っている。これこそが今、日本において導入が検討されている、カジノを含む統合型リゾート施設(IR:Integrated Resort)のひとつの形である。

現在、日本で合法化されているギャンブルは、競馬、競輪、ボートレース、オートレース(小型自動車)と宝くじ、totoのみである。したがって、日本でカジノを含むIRを導入するためには、特定の区域に限って賭博行為を合法化する法律改正が必要となる。これを法制化しようとしたのが「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(IR推進法)であり、2016年国会での成立が目指されている。

当法案はいったん廃案の形となったが、法案を提出した超党派議連「国際観光産業振興議員連盟」(IR議連)は、IRの導入を2020年の東京オリンピック・パラリンピックに間に合うよう「最大限努力」する姿勢は変わらない。我が国でのカジノ合法化が日本経済にどれほどのインパクトをもたらすかをレビューする。

新国立競技場A案(決定)

そもそも、日本でカジノ・IRの導入機運が高まるきっかけとなったのは、「観光立国」を目指す政府の方針と、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催決定であった。安倍政権は観光立国の実現を成長戦略の柱のひとつに選定し、2020年に向けて訪日外国人数を現在の約2倍の2000万人にする目標を掲げている。

カジノビジネスをそのための起爆剤にすることをもくろみ、オリンピック開催を機にIRを本格始動させたいという考えである。

カジノはその目的に応じて、「外貨獲得型」「地域振興型」「国内エンターテインメント型」の3種類に分類することができる(妹尾雅夫・中村圭介「カジノと観光産業」『価値総合研究所 Best Value vol.05 2004.4』による分類)。

たとえば、世界最大級のカジノ市場を有するマカオは、カジノを基幹産業として位置づけ、外国人観光客から外貨を獲得することを主目的としているので「外貨獲得型」である。IR先進国として注目されるシンガポールは、観光産業の目玉として位置づけ、地域活性化を目指しているので「地域振興型」、ドイツやイギリスは、国民の余暇需要を充足することを一義的目的としているので「国内エンターテインメント型」に、それぞれ分類される。

日本で導入を目指すカジノは、シンガポールなどのような「地域振興型」である。カジノ単体ではなく、ホテルやショッピングモール、エンターテインメント施設、MICE(M=企業会議、I=企業などの行う報奨・研修旅行、C=国際会議、E=展示会・見本市の頭文字を取ったもの)を併設した統合リゾート施設の開設・運営が、地域経済の振興に寄与するものと期待されている。

シンガポールのカジノが成功した理由

カジノ・IRの分野において、シンガポールは成功事例のひとつと称されている。ただし、そのシンガポールにおいても、カジノの合法化は1980年代より続いてきた長年の懸案であった。急展開を見せたのが2004年のことであり、首相に就任したリー・シェンロンがカジノ導入に向けて舵を切ったことで、2005年に合法化に至った。

1980年代、シンガポールはアジアの観光地として圧倒的な存在感を発揮していたが、その後、アジアの都市間競争が激化したことで、観光産業の国際競争力低下への危機感が強まっていた。こうした状況下において、カジノ解禁が実現に至ったのである。

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2010年には「リゾート・ワールド・セントーサ」と「マリーナ・ベイ・サンズ」の2つの統合型リゾート施設が開設された。リゾート・ワールド・セントーサはユニバーサル・スタジオを併設するファミリー向けのリゾート施設で、マリーナ・ベイ・サンズはMICEに重点を置き、ビジネス・コンベンション客を意識した施設となっている。2つのIRが観光産業にもたらした影響は大きく、2013年の外国人観光客数は1557万人と、IR導入前の2009年に比べて約6割増加した。

その後の観光収入を見ても、2009年に比べて5割以上増加しており、観光収入全体の約20%がカジノを含む観光・娯楽による収入であった。

なお、シンガポールでは、IRが稼ぎ出す収益のうち、7~8割がカジノ事業によるものと言われている。カジノは総施設面積の数%の規模にとどまっていることもあり、決してカジノ色が強いわけではない。その一方で、カジノで稼ぎ出す収益があるからこそ、相対的に収益性の低い他の施設への投資も可能となり、IR全体として集客力のある魅力的な施設を作り上げることができている面もある。

カジノを含む統合型リゾート施設開設の経済効果は約4兆円!

IR推進法の成立に向けた政治の動きと並行して、全国の地方自治体やカジノ関連企業の動きも活発になってきている。現在、IRの導入を検討している地方自治体は東京都(台場)、大阪府(夢洲)、沖縄県など全国各地にある。

また、海外の大手カジノ運営企業が日本への進出に意欲的な姿勢を示しているほか、海外のカジノビジネスに参入することで、運営のノウハウを学ぼうとしている企業も出てきている。

実際に法案が成立すれば、カジノ運営企業だけでなく、建設・不動産、ゲーミング機器の製造会社をはじめ、カジノ施設以外のホテルや小売り・飲食店、旅行業、エンターテインメント関連業など、さまざまな企業がIR市場に参入し始めることが予想される。

現段階で具体的な設置地域や規模などが決まっているわけではないが、ここでは、仮に東京地区でカジノを含む統合型リゾート施設が建設された場合の経済効果について、①施設建設のための投資額、②カジノ運営による経済波及効果に分けて考えてみよう。なお、①はIR開業前の建設期間中に見込まれる効果、②は開業後1年ごとに生じる効果と考えることができる。

まず①の建設投資額については、カジノ後発国として話題性のある施設を開発するために、一定の質と量を確保することが必要になると想定されることから、投資規模がシンガポールと同等になると仮定した。これにより8053億円規模の投資(土地取得費除く)が行われることになる。

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次に②のカジノ運営による経済波及効果については、佐和良作・田口順等が詳しい分析を行っている(「カジノ開設の経済効果」『大阪商業大学論集(第5巻第1号)』)。佐和・田口論文は、カジノに対して日本人が米国人と同様の行動パターンを取るとの前提で、地域別のカジノの潜在市場規模と経済波及効果を試算している。その結果、関東地区では1兆0665億~2兆8648億円の経済効果(付加価値)が生じると見込まれている。近畿地区であれば2903億~3658億円となる。

以上を踏まえると、①と②の合計で4兆円程度、ないしは外国人観光客のさらなる増加でそれを上回る経済効果が生じる可能性もある。

カジノ導入によるマイナス面の検証と対策も不可欠

日本でカジノ・IRを開設するならば、オリンピックイヤーである2020年に間に合わせることが望ましい。オリンピックの開催は、日本が世界から注目され、世界に対する情報発信力が高まる絶好の機会であるからだ。この機会に観光地としての日本の魅力を向上させ、オリンピック開催後も継続的に観光需要を取り込めるよう、準備を重ねるべきである。

一方で、ギャンブル依存症になる者の増加、多重債務者の増加、青少年への悪影響、治安の悪化など、カジノ開設によるマイナス面を指摘する声が根強いことにも、十分に配慮することが必要だ。実際、ある新聞社が実施した世論調査によると、カジノ合法化に対して「反対」の意見が6割にも上る。

このような一般の人の意見だけでなく、政治家の間でも意見が割れている状況であるから、カジノ導入によるマイナス面も十分検証するとともに、対策を講じることは不可欠である。

たとえば、シンガポールでは自国民に対してカジノに100シンガポールドル(日本円で8000円程度)の入場料を課しているほか、失業者や生活保護受給者の入場を禁止することで、ギャンブル依存症になる者の増加を抑制している。さらに、カジノの売り上げから徴収した税収増加分を、ギャンブル依存症対策委員会の設置や、依存症を患う者に対するカウンセリングの機会を提供する組織の支援などにも充てている。こうしたギャンブル依存症対策を講じた結果、シンガポールではカジノ導入前後でギャンブル依存症患者数に大きな変化はなかったとの報告もある。

カジノ導入にはプラス・マイナスの両面がある。適切な規制を設け、地域社会の理解と協力を獲得していくことも、カジノビジネスの成功には必要となるだろう。
 
 

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