賭博に魅入られた人々が今日もカジノへと集まる(レビュー)

● カジノニュース

書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

今回のテーマは「賭け事」です

***

ドストエフスキーはいっとき賭博(ルーレット)に夢中になった時期があった。

はじめビギナーズラックで大金を得たことから病みつきになった。しかし賭博に勝ち続けることなどありえない。負けがこんでツルゲーネフに借金を申し込んだこともあるという。

その賭博体験から生まれたのが『賭博者』(一八六六年)。

ドイツの保養地にあるカジノを舞台に、賭博に取り憑かれた人々を描いている。見てくれは立派だが借金を抱えているロシアの将軍。その子供たちの家庭教師をしている「ぼく」。彼が心惹かれている将軍の義理の娘。将軍が年甲斐もなく追いかけている官能的な美女。

さらにこの町にはフランス人の侯爵やイギリス人の実業家もやってくる。国際的なサロンになっている。

賭博は負けても感情的にならず悠然と構えているのが紳士とされているが、大金が飛び交う修羅場ではそんなきれいごとは言っていられない。

圧巻は、モスクワからやってきた大金持ちの老婦人(将軍の伯母)がはじめてルーレットに挑むところ。

冷静な筈だったレディが勝負を続けるうちに熱くなって、あっというまに全財産に近い大金を失ってしまう(伯母の遺産をあてにした将軍は失望する)。

賭博は運次第で貧乏人が大金持ちとなる。逆もある。貧富が一瞬で入れ替わる。武力を伴わない一種の革命といっていい。

ジェラール・フィリップ主演で映画化されている。

[レビュアー]川本三郎(評論家)
1944年、東京生まれ。文学、映画、東京、旅を中心とした評論やエッセイなど幅広い執筆活動で知られる。著書に『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞・桑原武夫学芸賞)、『白秋望景』(伊藤整文学賞)、『小説を、映画を、鉄道が走る』(交通図書賞)、『マイ・バック・ページ』『いまも、君を想う』『今ひとたびの戦後日本映画』など多数。訳書にカポーティ『夜の樹』『叶えられた祈り』などがある。最新作は『物語の向こうに時代が見える』。

新潮社 週刊新潮 2022年11月24日号 掲載

タイトルとURLをコピーしました